Center for Independent Living
自立(生活)ってなに?
自分で立つこと?
じゃなくて、自分で洋服をきたりトイレができること?
それとも、自分で自分のご飯を食べるお金を稼ぐこと??
誰にも頼らず、1人で生きていくこと???
いいえ、車イスを利用して移動したって、介助者をつかって服を着替えてもいいんです。年金で生活するのも、必要なサービスを受給して地域で生活することも、ちゃんとした権利です。
1人で生きるなんて、そもそも無理な話です。朝食べたパンの原材料の小麦は誰かがつくったものですし、電気をつかってパソコンがつかえるのは電力会社があるからです。生まれたときから、誰でも自分以外の人とかかわりながら生きています。
私たちが考える自立(生活)とは・・・
1人の人間として、その存在を認められることです。
それは、ばかにされたり、いないものとして扱われるのでもなければ、守るべき者やヒーローとされることでもありません。自分の人生においてあらゆる事柄を選択し、自分の人生をじぶんなりにいきていくことです。
障がいを持っていると幼い頃から親の庇護や施設の隔離の中で、「あなたは障がいを持っているのだから・・・」と自分で決めて、自分で行動するという機会を奪われてきました。自立生活とは、ただ単に施設や親元から出て、ひとり暮らしをすることではありません。「どこで暮らすのか」「誰と暮らすのか」「収入はどうするか」「どんな社会資源を活用するか」などというような大きな事柄から、「今日の夕食の献立は何にしよう」「次の日曜日には誰と何をして遊ぼうか」「財布の中にある1000円札で何を買おうか」などというような生活の中の小さな事柄まで、自分で決定し決定したことに対して責任を持つことです。
自立生活運動が導き出した「自立」の概念は、生活の場面でどうしたいのかを選び、自分がどんな人生を送りたいかを選び決定し、責任を持って生きる「自己決定権」の行使をさしています。
私たち障害者は、指導され・教育され・与えられた生活・守られた生活から脱却し、自分の望む暮らしを主張し、そのためにどんなサービスが必要なのかを社会に示す必要がありました。
障害を治す、改善すべきという医療モデルとしてとらえてきた過去から、自立して生活する主体として自信と尊厳を取り戻してきました。医療モデルに対峙する自立生活モデルは、進行性障害者やベンチレーターなど常時医療的ケアの必要な人たちも含めて進んできました。
自立生活とは、どんなに重度の障害があっても、その人生において自ら決定することを最大限尊重されることです。選択をするためには選択肢の良い点・悪い点を知らされ、あるていど経験も必要です。一部を選択したり全てを選択しないという選択もあります。
自立生活とは、危険を冒す権利と決定したことに責任を負える人生の主体者であることを周りの人たちが認めること。また、哀れみではなく福祉サービスの雇用者・消費者として援助を受けて生きていく権利を認めていくことです。
基本的には、施設や親の庇護の元での生活という不自由な形ではなく、ごく当たり前のことが当たり前にでき、その人が望む場所で、望むサービスを受け、普通の人生を暮らしていくことです。
<世界初の障害者情報誌『リハビリテーションギャゼット』より>
「自立(生活)とは、どこに住むか、いかに住むか、どうやって自分の生活をまかなうか、を選択する自由をいう。それは自分が選んだ地域で生活することであり、ルームメートを持つか一人暮らしをするか自分で決めることであり、自分の生活ー日々の暮らし、食べ物、娯楽、趣味、悪事、善行、友人等々ー すべてを自分の決断と責任でやっていくことであり、危険を冒したり、誤ちを犯す自由であり、自立した生活をすることによって、自立生活を学ぶ自由でもある。」