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重度障害者の地域生活実現のために


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33回国際障害者年連続シンポジウム

~筋ジス病棟と地域生活の今とこれから~

『筋ジストロフィー・クリスマス・シンポジウム』

主催:国際障害者年連続シンポジウム運営・実行委員会

協力:日本自立生活センター、メインストリーム協会

後援:京都府、京都市、京都府社会福祉協議会、京都市社会福祉協議会、(公財)京都新聞社会福祉事業団 他。の

YouTubeを、平成30年12月24日 11:00~16:30視聴しました。以下、YouTubeの要約筆記からの抜粋と、このブログの管理人の感想です。

当事者、医療者、支援者、研究者たちが集まり、筋ジストロフィーの人たちのよりよい暮らしの実現に向けて、筋ジス病棟や地域生活に向けての現状や課題を考えていくという内容でした。

今、全国の旧・国立療養所筋ジストロフィー病棟には、2千人程度の人たちが長期入院していて、筋ジス病棟は患者にとっても、医療者にとっても厳しい環境にある。病院の体制や入院患者のQOLで、多くの不利を受けている障害者の状況が一刻も早く何とかならないかという議論でした。一方、地域に出て、自立生活をはじめる当事者もいることを知り、地域生活に必要な医療的ケアや介護体制などの様々な課題が、多くの人にとって手探りの状況であることもわかりました。

■医療者 中島孝氏(独立行政法人国立病院機構新潟病院病院長)

( 専門は神経内科学、特に神経筋疾患緩和ケア,Bioinformaticsなどの臨床研究に携わる。PMDA専門委員。難病を抱えながらも「ふつう」に幸せに生きていけるようなナラティブ(物語)に基づく医療の大切さを説きつつ、ロボットスーツHALの研究開発にも取り組んでいる。)中島孝氏の、基調講演では、病院と在宅を行ったり来たりできるシステムが必要。専門職が「価値」を共有できるように。

ナラティブ(物語)の書き換える作業こそが人間の希望です。生活の質は意味。主観評価を高める。等。

■地域生活の筋ジス当事者:・古込和宏氏。医王病院(金沢)で長期入院後、2017年金沢市内で自立生活開始。・植田健夫氏。宇多野病院(京都)で長期入院後、201811月京都市内で自立生活開始。・高橋雅之氏。徳島病院、刀根山病院(大阪)で長期入院後、西宮市内で自立生活。からの実践報告は、自立生活に向かえた喜びに溢れていました。■4年前に国立病院機構刀根山病院(大阪府豊中市)を退院した兵庫県西宮市の高橋雅之さん(56)は、自立した生活を送る醍醐味を「好きな時に好きな場所に行ける。大分県の湯布院でリフト付きの温泉に入れたことが一番の思い出」と語り、「障害があるというだけで自立できないのはおかしい。強い意志があれば自立できる」と語りました。

■国立病院機構宇多野病院(右京区)など病院と会場を映像でつなぎ、入院中の患者の暮らしぶりを伝える筋ジス病棟からの発信では。病院での生活について。40人の患者に対して4人の職員で見るため、夜中にナースコールを押しても来てくれない。もし、地域で暮らせたら、身体が痛い時に地域で介助者に体位交換をして欲しいという切実な生な発言でした。現実的な話しとして、病院スタッフが少ないため、いろいろな制限があることは、大変な環境です。パソコンのセッティングをしてもらいたいのに、スタッフが少ないため、なかなかしてもらえない。看護師不足や誤嚥(ごえん)性肺炎の危険性を理由に、病棟内での移動や食事が制限されている。気管切開している人は電動車いすに乗せてもらえない。お風呂は週一回しか入れない等。

■メインストリーム協会の地域移行支援のサポートでは、一人暮らしでどんなことをやりたいのか、どんな人生を送りたいのか、自立する本人の覚悟を確立することが大事だとILPで伝えているそうです。本人の強い覚悟があればそれが強みとなって実現すると、ILPで伝えているそうです。
家族と本人の気持ちも大事。病院の協力も大事と。

■日本自立生活センターからの報告は、
安全対策が厳しいがゆえに、患者さん本人の意志や希望が実現されない。

人が人として生きる。とても複雑。

安全と引き換えにリスクを伴うものもある。

地域で生活する平等な権利があるということ。

どんな障害が重くても自分の自己決定が尊重される。

公的介助や訪問看護を利用しながら、普通に暮らせる。

たくさんの入院されている一人でも多くの人が地域で自由で自分らしい暮らしができること。

新たな生活を始められるように。と。

■「病者・障害者の戦後」を書いた、立岩 真也氏(立命館大学先端総合学術研究科教授)の講演。

専攻は社会学。障害者自立生活運動や難病に関わる著者多数。近著に『不如意の身体――病障害とある社会』(青土社、201811月刊)、筋ジス病棟の歴史を描いた『病者障害者の戦後-生政治史点描‐』(青土社、201812月刊)。

戦後、結核患者を入院させてきた国立療養所であったが健康状態が良くなり結核患者がいなくなると、病院はなくならないので、筋ジストロフィー患者を受け入れた。肯定的に。それが良いこととされてきた。そんな中から、1980年台に自立を試みた筋ジストロフィーの人が出てきた。千葉の療養所の人たち。夢半ば病状の進行で彼らは20代で亡くなった。その当時のことを知らない人は多い。それから30年経ってしまった。世論は何をやって来たのかという問い。

居住の自由は、大きな権利。

病院から出ることを制限することは違法である。

その上でどうやって暮らしていくか。

国立療養所を良くすることも必要。

出て暮らせるようにすることも必要。

病院でヘルパーを利用できるようにする。病院から重度訪問介護を使う。主治医、病院の理解。

■中島孝先生・梶龍兒先生への筋ジストロフィー当事者からの質問

(1)デュシェンヌ型は平滑筋も機能低下するので常に全身管理が必要です。なので在宅を希望しても病状的に難しいとか無理とかいうドクターがいると聞きます。私は、そもそもデュシェンヌ型患者の地域に受け皿がないと言いきられました。先生にお聞きします。「デュシェンヌ型の患者は死亡退院するしか選択肢がないのでしょうか?」 また、「在宅で生存し続けるためには何が必要でしょうか?」 医学的観点からお聞きしたいです。
A.可能。医療ケアが必要な時どうするかという課題。セーフティーネット。
病院と在宅を行き来出来ること。

(2)病棟だと、準夜深夜は患者40人に対して看護師の人数が4人と限られています。ナースコールも頻繁に鳴るのでなかなか来てもらえない時もあり、深夜帯の朝は排泄介助食事介助で忙しくて必要な介助を受けられないのが今の現状です。地域で自立生活をしている人には一対一でヘルパーがついています。なんでこんなにも差があるのでしょうか。看護師の人数増やせないでしょうか?
A.最高の配置をしている。昔よりは増やせるようになっている。また、毎年増やせるように交渉している。今後とも、皆さんの声が重要です。制約を取り除いて、患者の自由、自己決定権を保障したい。ボランティアは歓迎。NPOもヘルパーもウェルカム。

(3)新潟病院は患者何人に対して、日勤、準夜、深夜看護師は何人ですか? 新潟病院は地域生活に理解ありますか?長期入院患者で、家族に負担かけずに地域移行をした人はどれくらいおられますか?今までで印象深い地域移行のケースを言える範囲で教えていただけますか?これは地域移行は無理だろうと思うケースはありましたか?また何故そのように思いましたか?
A.富山。新潟。等。

(4)筋ジス病棟に長期入院している人で、セカンドオピニオンを利用された方を見たことがあります
か?
A.

(5)筋ジス患者は、筋ジス病棟でしか長期療養できないのでしょうか?病院や医師とうまくいかない場合、他の病院に転院することは可能でしょうか?どのような条件がそろえば可能でしょうか?
A.可能。うまくいったところから在宅移行したこともあります。他の医師を紹介することも必要。

(6)主治医によるドクターストップというものは、どれほどの強制力があるものなのでしょうか?普通食を毎日食べていたのに、誤嚥性肺炎の危険性があるからということで、急に鼻注での栄養摂取のみになってしまいました。食事制限がいつどのような状態になったら解除されるかもわかりません。食事制限の解除を希望しても、医師がほとんどとりあってくれません。患者はこうした場合、医師の指示に従うしかないのでしょうか?
A.自己決定を大切にしたい。

(7)自立生活を望む入院当事者に対して、自立生活に消極的・否定的な主治医もたくさんおられます。患者は主治医を変えてもらうことはできないのでしょうか。また、その後の関係性も考慮して、対立することなく主治医に考えを改めてもらうことはできないでしょうか?
A.変えられる。主治医を変えられる。

(8)どうしたら病院からの地域移行を進めることができると思いますか。病院側の課題と、地域側の課題について思っていることを教えてください。

A.バックアップできる。

(9)「なぜ安全管理が必要なのか」

A.責任を負いたくないという医療者側の保身があった。患者さんの自己決定が最優先されるべきだ。

 筋ジス病棟や地域生活の現状や課題を少しでも知ることができました。

筋ジス当事者からの発言をリアルに聞くことができました。

一方、地域に出て、自立生活をはじめる当事者もいて。今後ますます、進んで行くと良いです。いよいよ始まったという、空気を感じました。このシンポジウムからまさにその空気を感じました。

本人の自己決定を軸に、医療者(病院、在宅)、病院、家族、ボランティア、ヘルパー、地域、地域移行支援、行政。が、同じ方向に向かってわかりあって協力していければと思いました。全編はYouTubeで視聴出来ます。


# by cil_morioka | 2019-01-12 21:10 | イベント | Comments(0)

「こんな夜更けにバナナかよ」
映画館で観てきました。
当時の時代背景の中、正直に、本音を語り合い、ボランティアたちと家族のように繋がりながら、自分の生き方を貫いた鹿野さんから学ぶことがたくさんありました。
今の時代を生きる自分たちは、法制度が整いつつある環境に甘えて、生きるエネルギーや力が弱くなっているんじゃないか。目が覚めた思いがしました。

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# by cil_morioka | 2019-01-11 10:11 | つぶやき | Comments(0)

うんだっこ

今日、ご近所の方が事務所に【うんだっこ】を持って来て下さいました。
あ! うんだっこだ!(思わず言ってしまった)熟れた柿、あの甘くなってじゅくじゅくした柿のことをケセン地方ではうんだっこと言います。
美味しそう。そして、キレイなんです。透き通るような飴色で。
一足早いクリスマス会が、あったかくなりました。

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# by cil_morioka | 2018-12-14 20:24 | Comments(0)

いわて・もりおか秋もよう写真展

http://crossterrace.jp/?p=17258

とき:1215() 24(月・祝)

ところ:クロステラス盛岡2階特設会場

主催:いわて・もりおか季節の写真展実行委員会

共催:クロステラス盛岡

igoさんの作品が展示されます。

ぜひ、ご覧ください。


# by cil_morioka | 2018-12-14 10:06 | CILもりおか会員のページ | Comments(0)

レンジで目玉焼き

ちょっと深みのある小鉢を用意。
お水で小鉢の内側を濡らす。
なま卵を割り入れる。
つまようじを用意。
つまようじで、卵を5か所か6か所、つんつんと突く。(黄身がこわれないように注意)
ほうれん草や白菜など、好みの葉物野菜を切ったりちぎったりして、黄身の外側にちりばめる。
ラップをふわっとかける。
500ワットの電子レンジで、「レンジ」機能で、30秒スタート。
レンジのふたを開く。
15秒そのまま。
また、500ワットの電子レンジで、「レンジ」機能で、15秒スタート。
取り出して、
山芋を擦りおろして、目玉焼きにトッピング。
お好みで、しょうゆをたらしたり、塩をまぶしたり。

出来上がり。

# by cil_morioka | 2018-12-11 15:37 | 暮らしお役立ち情報 | Comments(0)

「書で綴る啄木の歌」

番田雄太さんのお父様が、雄太さんの「書で綴る啄木の歌」のカレンダーを届けて下さいました。

雄太さんから200912月にメールをいただき、出会いました。

当時21歳の雄太さんから、

「母が僕の介護に疲れているので、楽にしてあげたい。母が自由になれる時間を作りたい。

病院の管理下で終わりたくない。一日の生活を自分の意思でする生活をしたい。

そのために、ひとりで生活する方法を学び、そこからチャレンジしたい。

自分だけがいい思いをするのではなく、同じく入院している病院の仲間を支援していきたい」という熱い熱い思いを聞き、

長きに渡って雄太さんと、自立生活に向けての自立生活プログラムに取り組みました。

ゆるく長く、時には間をおいて、また再開して、共に学んで来ました。

そしてついに雄太さんは、雄太さんの力で自薦ヘルパーさんを見つけたのでした。

雄太さんと交わした言葉。雄太さんの優しさ。熱い思い。

すべて忘れません。

雄太さんの「書で綴る啄木の歌」、いつも見えるところに飾って、雄太さんとお話したいと思います。

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# by cil_morioka | 2018-11-25 10:30 | CILもりおか会員のページ | Comments(0)

盛岡フォトフェスティバル2018に参加します。
11月2日~4日まで、自分の作品を展示予定の会場は、
いわて県民情報交流センター アイーナ5階 ギャラリーにて、
10時~18時まで。
いろんな方々の作品を見られるので、楽しみにしております。
ぜひ都合が良かったら(^^♪
https://moriphotofes.jimdo.com/2018%E5%B9%B4%E8%A6%81%E9%A0%85/



# by cil_morioka | 2018-10-27 16:19 | CILもりおか会員のページ | Comments(0)

秋刀魚日和

ちょっと遅いお昼時間に、勤務者総出で、秋刀魚を焼いて食べました。
三陸産の秋刀魚です。
カルシウムを養って、午後のお仕事を頑張りました。
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# by cil_morioka | 2018-10-02 22:11 | Comments(0)


201881CIL青森(あおもり)自立(じりつ)生活(せいかつ)セミナーのレポート

伊五(いご)(さわ)博司(ひろし)


最初(さいしょ)講義を聞いたのは、自立生活センター代表の稲田康二さん。

会場まで着くのが少し遅れしまいまして、CILいろはの軌跡などのお話は聞けなかったです。

一般的な自立(経済的な自立と身辺的な自立(経済的な自立)とCIL的な自立(自己選択、自己決定、自己責任)の違いを話していました。

稲田さんは大学二年生の時にオートバイの事故で頚椎損傷になり、入院生活から在宅生活12年間の寝たきり生活をされ、障害を受けて稲田さんは死の願望と現実を受け入れられない自分があったそうです。

外に出られるのは、月一回の外出と年一回の旅行くらいだったみたいです。

稲田さんは母の入院でショートステイをはじめて利用され、生活の制限や時間の制限など感じたことを言っていました。

母の入院で人生の選択を在宅?施設?どうするか?選択。そして稲田さんの答えは「人生は一度きり。人生を楽しみたい」の思いで、自立生活センターに出会いがあり、自立生活を選択したと言っていました。

稲田さんが自立に向けて行動したことは、外出でイベントに参加して人と関わること、自立に向けてのピア・カウンセリングと自立生活プログラムの受講、手動車椅子から電動車椅子に変えたり、ほかの障害者との交流でロールモデルの出会いや、いろんな福祉サービスの利用、排泄管理のための手術などを行ったそうです。そして20034月に自立生活がスタートしたそうです。

稲田さんの現在の生活は、民間アパート2DKの間取りで家賃が五万円、介助の時間数(行政交渉で)は627時間、週三回の訪問看護、CILの活動(自立生活センターいろはの代表)、一般就労としての相談支援専門員(週三日)だそうです。

稲田さんが自立して気づかれたこと。障害があるということは、この社会で生きるには不便(バリアや一般的な弱者)であっても不幸ではないことや。あとは、障害があることと人生を幸せに送れるかどうかは関係がないことと話されていました。

稲田さんが障害を持つ仲間たちに伝えたいこと。在宅や施設ではなく地域で自立して生活する選択肢もあることや、自立生活は障害の重さや年齢関係ないということ、人生そんなに長くないっていうこと、何かあればCILに相談をといろいろと話されていました。

最後に稲田さんが自立してプライベートで2014年のブラジルw杯に行ったことなどを話されていました。


●次の講義は、自立生活センターいろはの三浦大輔さん、1985生まれ。障害は進行性筋ジストロフィー。

三浦さんは、小さい頃は歩けていたそうです。病気が進行して車椅子の生活に変わったそうです。

三浦さんはその後、特別支援学校(療育施設)を卒業し、在宅生活へと移行したそうです。在宅生活の中で三浦さんが感じたことは、外にも出れずに自由もなく退屈な生活、そしてショートステイの利用で施設の中では管理された生活なので在宅生活よりさらに自由がない生活、母親の介護疲れがあって家族介護の限界、など話されていました。8年間家族の介助で過ごされたみたいです。

生活状況の変化の中で三浦さんの思いは、健常者と同じように独立した生活をしたいと考えたそうです。自立したい思いは、「管理された生活はいやだ」とか「自分らしく楽しく生きたい」からきたそうです。

三浦さんは自立に興味があっても、何をすればいいか分からなかったそうです。そして自立生活センターの存在を知って、「重度の障害者でも自立できる」って確信して自立生活をしたそうです。

自立生活プログラムや時間数交渉など経て、20126月に自立生活がスタートしたそうです。三浦さんのお住まいになっている部屋の様子の紹介の中で、三浦さんの相棒の呼吸器の説明があって、呼吸器の外付けバッテリーがあるから安心して外出が出来ると話されていました。

三浦さんの自立してからの変化。多くの当事者の方や人と出会えること、外に出る機会が増えたこと、自立者としてのロールモデルの自覚、など話されていました。

最後に三浦さんは「呼吸器があれば自由に何でも出来ます。強い意志があれば重い障害でも自立が出来ます。」と話されていました。


●次の講義は自立生活センターいろはの八木郷太さん、1996年生まれ。障害は頸椎損傷。

最初に八木さんから障害の説明(頸椎損傷)がありました。

八木さんは中学三年生の時に部活の柔道の練習中に頸椎を損傷し、一年間の入院生活。身体を動かせない状況で、八木さんは健常者から障害者として生きることの不安があったそうです。動けない身体でベッドの上で天井を見上げながら、「これから自分は何もできない」という気持ちがあったみたいです。

それから三年の在宅生活。柔道や学校の友達が八木さんの家に遊びによく遊びにきたそうです。それで友達に介助を頼んだり外に出たりして楽しかったそうです。時間になれば友達が帰ってしまうので、テレビを観たりスマホゲームだけの生活になるそうです。

家族介護(母親の介護)の中で、友達と遊んでいるときに母親を介助に呼びつらかったこと、たまに介助をしてくれる父親の不慣れな介助のことで、家族介護の疲れや夫婦喧嘩があったそうです。

八木さんはSNSで友達の楽しそうなところや活躍を拝見して、友達と比べると、劣等感を感じたそうです。八木さんは自由に生きたいと考えていたそうです。「どうすれば独り暮らしができるのか?」という疑問があったそうです。八木さんは自立に向けてしたことは、稲田さん(ロールモデル)との出会いや、自立生活プログラムを受講、自立生活体験室での経験、行政に長時間介助の必要性を計画的に理解してもらうこと(行政交渉)、そして20168月に自立生活がスタートしたそうです。

八木さんは住んでいるアパートの大家さんのことを神って言っていました。住宅改造するための【福祉機器の設置のための壁の穴あき】などの許可を、大家さんからすぐに許可を得たそうです。大家さんからアパートの外の玄関口のスロープを作ってもらったみたいなことを言っていました。

八木さんは自立生活の中で感じたこと。自由に友達と遊べること(時間を気にせずに)、家族介護じゃないので気にせずに過ごせること、など話されていました。そして念願だった海外旅行(台湾やアメリカ)をしたこと、など話されていました。

最後に八木さんは、八木さんの自立生活で家族も楽しく過ごしているそうです。自分も家族も人生を取り戻してと言っていました。それで自分らしい人生を楽しんでいると言っていました。


●次の講義は自立生活センターいろは鈴木仁美さん、1989年生まれ。障害は頸椎損傷。

鈴木さんは高校生の頃(17歳)に自動車事故で頸椎を損傷し、入院とリハビリ施設での生活を経て、在宅生活に移ったそうです。そして一年間の海外留学、その時に長時間介助者に対応してもらい、海外生活を楽しんだそうです。海外生活中に母親が脳梗塞脳卒中?かもですに倒れ、在宅生活に戻ったそうです。

その後、鈴木さんはショートステイを経験したそうです。その経験の中で、施設では決められた時間で動いていること、介助者が他の利用者にも対応するため急な介助の要求に対応ができないこと、管理されて好きな時間に好きなことが出来ないこと、など話されていました。鈴木さんは週末に帰省して友達と遊んだりしたみたいですが、日曜日に施設に戻らないといけないので、そのときの気持ちが苦痛だったみたいなことを言っていました。

鈴木さんは相談支援専門員に相談して、自立生活センターを紹介してもらったそうです。自立生活プログラムを受講して、20166月に自立生活スタートしたそうです。

最後に鈴木さんは、自立生活センターの特徴と理念、ピア・カウンセリングの説明と目的、自立生活プログラムの必要性と内容などの説明がありました。

鈴木さんから「自立のためには、しっかり準備して自分の気持ちを持ち続けること」と話されていました。


●感想

稲田さんの「人生そんなに長くない」という言葉に、自分の心の中に刺さりました。いろいろと考えさせられました。いろんな意味で。

あと、頸椎損傷の方は健常者から障害者になるので、障害を受け入れることに時間がかかると思いますが、自分みたいに最初から障害を持っている方よりも社会性があるので、障害を持ったからこその見え方があると思いました。


# by cil_morioka | 2018-09-12 13:05 | 研修 | Comments(0)

神奈川県川崎市で開催される
「介護保障を考える弁護士と障害者の会 全国ネット6周年記念シンポジウム」(DPI後援イベント)のご案内です。

ご都合よろしい方、お近くの方は
ご参加ご検討下さい。

こちら情報共有まで、宜しくお願いします。

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介護保障を考える弁護士と障害者の会 全国ネット
6周年記念シンポジウム
介護保障獲得のための新しい形

2018年11月16日(金)
午後1時~午後4時30分(開場:12時30分)
会場:川崎市産業振興会館4階
神奈川県川崎市幸区堀川町66番地20
・JR川崎駅から徒歩6分 (東京駅から3駅 品川駅から1駅) 
・京急川崎駅から徒歩7分(羽田空港から直通13分)

◯プログラム
■裁判(仮の義務付け含む)・記者会見・交渉等を通して24時間介護を実現した長野の報告
登壇者 小林さゆりさん(ALS・元原告)・支援者・弁護団
今年3月に長野地裁に提訴、5月に第1回弁論、7月に自立生活と24時間支給決定獲得等の経過の報告

■集団交渉方式の報告(江戸川区の介護保障を確立する会)
ALS・知的障害・脳性まひ等障害の異なる
5名の当事者に11名の弁護士が代理する、役所との集団交渉方式の実践経過報告
登壇者 日永由紀子さん(ALS)・酒井ひとみさん(ALS)他

■全国各地から、重度訪問介護24時間実現等の事例報告
障害当事者の話を交えながら、全国で24時間介護による自立生活を実現した事例などをご報告
報告者:全国各地の弁護団及び障害当事者(5件程度の弁護団予定)
コーディネーター:高野亜紀弁護士(高知:当会スタッフ)

主催:介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット http://kaigohosho.info/
共催:江戸川区の介護保障を確立する会

お問い合わせ:介護保障を考える弁護士と障害者の会全国ネット
TEL・FAX 0120?979?197  
※コンビニのFAXからは送信できません
参加費無料・申し込み不要
E-mail kaigohoshou@gmail.com
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 ┏◇──────────────────────
┌╂ 認定NPO法人DPI日本会議 笠柳 大輔
│  (〒101-0054
│☆ 東京都千代田区神田錦町3-11-8 武蔵野ビル5階)

■┛ 電話 03-5282-3730 ファックス 03-5282-0017
│   HP http://www.dpi-japan.org


# by cil_morioka | 2018-09-05 15:20 | DPI | Comments(0)